2011年12月22日
14年前のこの瞬間 (うつ病外交官)
眠りから覚めると、12月22日。現在時刻16:30、パリ8:30。
14年前の今くらいの時間、僕はパリの地下鉄7号線と1号線の乗換駅シャトレ
駅でうずくまっていた。
会社へ向かう途中である。急に脱力感が大きくなり、動けなくなったのである。
既に長い乗り換えを終えて1号線のホームへ来ていた。
朝方もっとも混む路線の、もっとも混む駅のプラットフォーム。
足しげく通う人々が、蹴飛ばすかのように擦れあって自分を過ぎていく。
何時間そこにいただろう。
会社にでることはできず、自宅へ戻った。
会社に連絡もできずに。
数時間家で寝ていた。とても身の毛がよだつ気分だった。耐えていた。
これは、なんだろう。。。
夕方、15:30頃、パリの冬は、もう既に暮れかけようとしていた。
会社の上司と精神科医がうちに来てくれた。
上司は、日ごろの僕の様子を見ていて、おかしさを感じていたらしい。
その上司は、昔人事異動の際に、軽く抑うつ症状がでたそうで、何となく
当時の自分と僕とが重なってみえていたらしい。
精神科医は、問診をして「あなたは、うつ病です。しばらく安静にしてい
てください。この薬を飲んで療養です。この薬の効果は2~3週間経たないと
出てきません。それまで、耐え抜いてください」と差出されたのはプロザック、
アメリカの薬で少し強めのものだと言われる。
当時、僕は7階建ての7階にあるアパルトマンで生活をしていた。
天窓からは、モンマルトルのサクレクール、エッフェル塔、モンパルナスタワー
などが見えている。
普段は、このロフトの2階部分にいると気が安らいでいるのである。
しかし、その時からしばらくは、1階部分にある腰くらいの高さの窓から
一途に下をみていたものだ。
何度もその窓のさんに上り、揺らめいていた。
バランスを崩したり、後ろから押されたりしたら終わりだったかもしれない。
危機を脱したのは、2月になってからだった。
薬が効き始めたようだった。しかし、その薬はしばらくすると僕の身体には
合わなくなっていた。。。3月6日帰国する。そして東京で3か月の休職。
そして、復帰したはずだったのだが。。。
14年前の今くらいの時間、僕はパリの地下鉄7号線と1号線の乗換駅シャトレ
駅でうずくまっていた。
会社へ向かう途中である。急に脱力感が大きくなり、動けなくなったのである。
既に長い乗り換えを終えて1号線のホームへ来ていた。
朝方もっとも混む路線の、もっとも混む駅のプラットフォーム。
足しげく通う人々が、蹴飛ばすかのように擦れあって自分を過ぎていく。
何時間そこにいただろう。
会社にでることはできず、自宅へ戻った。
会社に連絡もできずに。
数時間家で寝ていた。とても身の毛がよだつ気分だった。耐えていた。
これは、なんだろう。。。
夕方、15:30頃、パリの冬は、もう既に暮れかけようとしていた。
会社の上司と精神科医がうちに来てくれた。
上司は、日ごろの僕の様子を見ていて、おかしさを感じていたらしい。
その上司は、昔人事異動の際に、軽く抑うつ症状がでたそうで、何となく
当時の自分と僕とが重なってみえていたらしい。
精神科医は、問診をして「あなたは、うつ病です。しばらく安静にしてい
てください。この薬を飲んで療養です。この薬の効果は2~3週間経たないと
出てきません。それまで、耐え抜いてください」と差出されたのはプロザック、
アメリカの薬で少し強めのものだと言われる。
当時、僕は7階建ての7階にあるアパルトマンで生活をしていた。
天窓からは、モンマルトルのサクレクール、エッフェル塔、モンパルナスタワー
などが見えている。
普段は、このロフトの2階部分にいると気が安らいでいるのである。
しかし、その時からしばらくは、1階部分にある腰くらいの高さの窓から
一途に下をみていたものだ。
何度もその窓のさんに上り、揺らめいていた。
バランスを崩したり、後ろから押されたりしたら終わりだったかもしれない。
危機を脱したのは、2月になってからだった。
薬が効き始めたようだった。しかし、その薬はしばらくすると僕の身体には
合わなくなっていた。。。3月6日帰国する。そして東京で3か月の休職。
そして、復帰したはずだったのだが。。。
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