2009年06月24日

藤原正彦さん~若き数学者のアメリカ




 藤原正彦さんの著作は、僕の学生の頃よく読みました。新田次郎さんの息子さんであることも知っ

ていました。そして、息子の「若き数学者のアメリカ」発刊記念のパーティーで、親父は、「息子よ、

誤解はしないでくれ、こんなに人が集まっているのは、新田次郎の息子だからと思って来てくれて

いるのだぞ」と。


 また、奥さんの藤原ていさんの「流れる星は生きている」は満州にいた日本人家族の引き上げの

物語です。家族といっても、この物語に夫の藤 原寛人(新田次郎)はなく、26歳の妻、藤原ていが、

6歳の正宏、3歳の正彦(藤原正彦)、1か月の咲子(藤原咲子)のみ。この幼い子どもを連れて、若

い女性が死線をさまよいつつ壮絶な脱出劇を展開するのです。


 母ていのベストセラー『流れる星は生きている』の中でも活写されたこの経験は、本人のエッセイの

中でも様々な形で繰り返し言及されており、老いた母を伴っての満州再訪記が『祖国とは国語』

(2003年)に収録されている。


 アメリカ留学記『若き数学者のアメリカ』(1977年)が話題となり、日本エッセイスト・クラブ賞を受賞。

以後エッセイストとして人気を博している。身辺雑記からイギリス滞在記や科学エッセイ、数学者の

評伝に至るまで対象は広く、端正な文章とユーモア溢れる筆致にファンが多い。


 エッセイではしばしば「武士道」や「祖国愛(ナショナリズムではなくパトリオティズム)」、「情緒」の

大切さを諧謔を交えて説いてきたが、そのエッセンスを平易な語り口でまとめた『国家の品格』

(2005年11月、新潮新書)が200万部を超えるベストセラーとなり、翌2006年の新語・流行語大賞

に選ばれるなど大きな話題となった。同書では数学者の立場でありながら、あえて「論理より情緒」

「英語より国語」「民主主義より武士道」と説いている。


 近時は「文藝春秋」に「名著講義」として日本の近現代の名著を対話形式で紹介するシリーズを

連載中である。またここ数年来、父の絶筆『孤愁―サウダーデ』(ヴェンセスラウ・デ・モラエスの伝記

小説)を書き継ぐべく、準備を続けている。

 
 夫人は、お茶の水女子大学で発達心理学を専攻し、カウンセラー・心理学講師・翻訳家として活動する

藤原美子。

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この記事へのコメント
江草乗の言いたい放題 の掲示板から転載

普通の企業と同じで、教育界もほんの一握りの「聖職」あるいはそれに準ずるような呼ばれ方に値する優れた教師と、生活の資を得るために教師という職を選んだ大多数のデモシカ教師と、少数のクズ教師とで構成されている。

 ここでこの主題から外れるが、新田次郎のことを書いたら、新田次郎の次男で、例の「国家の品格」という駄本で1億近いあぶく銭を稼いだ似非数学者藤原雅正彦について書きたくなった。なお以下の文章は、元航空自衛隊の幹部であった「平成山人」のブログに負っている。

>NHKの「現代クローズアップ」という番組で放送された「超ヒット新書の祕密」で、藤原正彦の 「國家の品格」をヒットさせた新潮社の祕密を擔當編輯者だか誰かが出演して、大意、次のやうに語つてゐた。

曰く、始めに思ひ附いたのは 「國家の品格」 と云ふタイトルだつた。しかし、そのタイトルに相應しい原稿を新たに書き起こすのでは、時間が掛かり過ぎて出版のタイミングを逸して仕舞ふ。そこで、偶々存在した藤原正彦さんの講演テープを活字に起し、取敢へず、それに手を加へて出版した處、忽ちベストセラーになつた云々。

詰り、「國家の品格」 と云ふ、賣れさうなタイトルの本さへタイミングよく出版できれば、内容はどうでも良かつたと云ふ事なのだ。

私はそれを聞いて、本來 「文化事業」 たるべき出版社の餘りな 「金錢至上主義」 に怒りを覺える一方、納得もした。と云ふのは、試みに本屋の店頭でその 「國家の品格」 を手に取り、ぱらぱらと拾ひ讀みして見るが良い。 「成程、内容はどうでも良かつたのだな」と思はせるやうな嘘やら出鱈目やら矛楯やらが、直ぐにも目に著くからである。<

 私は元来国家とか、道徳とか言うことを声高に主張する手合いの本は読まないことにしているので、その駄本の内容はよくは知らないが、書評などで大体は了解している。平成山人の文章はその駄本の前後矛盾・自家撞着・デタラメ・うそなどを完膚なきまでに批判している。

 それによると、かの駄本は、表題や喧伝されている内容とは大違いで、要するに金儲けの企業のためにやっつけの手抜き仕事でデッチアゲタ印刷物だそうである。そしてその企画に乗っかり、売れれば印税がたんまり入ってくると胸算用した似非数学者藤原正彦は、やっつけ仕事で駄本のでっち上げに協力して出版し、見事に思惑が当たったというわけだ。もちろん、「東京大学」に現役合格して、大学院に進み、欧米に留学した「秀才」で、しかも父親が高名の小説家であるから、ざっと読んだところはそういった手抜き仕事とは分からないような工夫が凝らされているから、ほとんどの「浅はかな」読者は手もなくだまされ、「国家の品格」なる駄本はベストセラーになって、猫も杓子もヒンカクヒンカクと浮かれて、ついには2番煎じ3番煎じのヒンカク本が山のように沸いて出てきた。売れに売れたことで巨額のあぶく銭を手に入れた上に、似非数学者藤原正彦は一躍品格評論屋に祭り上げられてウハウハである。

 しかし、己自身が本来品格ゼロの手合いであるから、すぐにめっきがはがれてしまう。例えば、週刊新潮に「藤原正彦の管見妄語」という連載文章を書いている。6.18日号のものは「いっぱいいっぱい」という題で、昔の教え子にからんだ話が書かれているが、読むに足るほどのものではない。そして、その文章中には案の定とんでもないことが書いてある。

 その教え子は藤原のゼミ生だったそうだが「このゼミでは、20名ほどの学生が週に1冊の名著を読み論評を提出、授業中はディスカッションをする、というきついものだった。以下略」だそうだ。あれ藤原センセーはゼミでは数学ではなくて、文学論を講義していたんだ。数学を講義するという契約で国立大学教授に任用されていたはずだが、1に国語、2に国語3、4がなくて云々、という持論を見事に実践なさっている。それともご自身の数学の実力がゼミ学生にも劣るから、数学の講義をしたら正体がばれることを恐れたかな。
Posted by 新井 at 2009年07月11日 15:04