2008年08月30日

僕のデジカメの変遷

 デジタルカメラの一般向け普及の口火を切ったのは、1995年にカシオから発売された初のデジタル
カメラ「QV-10」です。液晶搭載で6万円台の価格を実現して大ヒットし、デジタルカメラが市民権を得た。
QV-10の成功を皮切りに多くのメーカーが一般消費者向けデジタルカメラの製造・開発に乗り出しました。
QV-10発売の二ヶ月後にリコーからDC-1が発売されました。



 僕が初めてデジカメを買ったのは、96年でリコーのDC-2(41万画素)でした。6万円台でした。まだ
デジカメが物珍しかった頃で、写真を撮ってくれるように頼むと、「これってデジタルカメラですか?
良いですね」なんて言われていました。この当時で、DC-2は、撮影対象物に1cmまで寄れるマクロ仕様
になっていました。これが切り札で選びました。当時は画像に何となく満足していましたが、相当荒い
ものでした。



 01年にはNIKONのCOOLPIX775(200万画素)に、PCでの使用では十分でかなり満足していました。



 04年には、水中写真をする目的で、CAMEDIA C-755 Ultra Zoom を買いました。結構大きく重い
器材でした。いつも持ち歩く考えはなかったです。その点06年頃まで並行使用していたCOOLPIXは、
コンパクトで持ち歩きやすかったです。

 04年某日、PCの調子がおかしくなり、色々いじって初期化してしまい96年から04年までのほとんど
の写真は消えてしまいました(涙)。

 その後、再出発で、04年10月からしっかりとバックアップを取るようにして、写真を4トラベルで整理
するようになりました。

 04年10月1冊、05年1冊、06年8冊、07年17冊、08年現在までに27冊を登録しています(PC上の
マイピクチャーで)。



 07年7月には、マリーンパックもコンパクトな、新しいソニーサイバーショットDSC-T20を買いました。
町中も小型ゆえ写真を撮る機会が多くなてっています。CAMEDIA C-755 Ultra Zoom は、まだ現役
なのですが、殆ど使わなくなりました。
この時は、屈曲型レンズでマクロに強いという特性でサイバーショットを選びました。対抗馬は、
オリンパスのμシリーズ(しかも10m防水で、ヘビーデューティ、しかしマクロは7cmまでなので悩み
ました)。



 サイバーショットは、屋内が弱いので、富士フィルムのFine Pix A800を屋内専用のサブ機として
使っています。




また、4トラベルのオリンパス一眼レフのE-420のプレゼント&モニターにあったって、一眼もいじり
始めました。

http://4travel.jp/traveler/kaleidoscope25/

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Posted by 悠太郎 at 22:27Comments(2)TrackBack(0)仮想旅行

2008年08月27日

突然炎のごとく身を焦がし

 8月頭から、うつで寝てばかりいました。そこへ、先々週に人事課からの呼び出しが。。。
先週の水曜日(20日)に面談。身内の者を入れての話、ということで、ある程度の覚悟は
できていました。分限免職ないしは、自主退職を迫られました。自主退職を願い出るように
書類を提出し、9月30日付けで退職することになりました。今までぬるま湯に浸かっていたので、
今後のことがとても心配になっています。

 今は、夜早く寝る習慣が身に付きはじめ、朝早く起きることができています。少ししたら
(この習慣が崩れないようになったら)、職を探そうと思っています。43歳になる人間がどのような
職にありつけるのか。。。

25日月曜日は、病院の日でした。9月8日以降、主治医が変わることになりました(駅前の分院での
院長(=主治医)の担当がなくなるためです)。なので、いつになく長時間の診察になりました。

 まず、退職になる旨を述べました。色々と指導してくれました。今までの僕の体調からすると、
適応障害(雅子様と同じ病名)の面も現われているらしいのです。適応障害は、単純に言うと、
置かれている社会的環境から身を引くことで治癒できる症状です。退職になるのは、病気治癒の面
からするととても良い事だとのことです。これからは、今までの会社のことは一切考えてはいけないと
言われました。そして諸症状は、必ず和らぎ体調は良くなっていくとのことです。

 長年診察を受けていて、躁状態でなく一番元気だったのは、休職期間中にタイにダイビングに行って
戻ってきた時だったそうです。なので、ダイビングを積極的に勧められていたのだそうです。
数年前に入院した時も、担当医と院長と「海外で暮らすか、旅行関係の仕事に転職すればいいんじゃ
ないか」と話し合っていたことを、担当医から聞かされていました。その時は冗談としか受け止められ
なかったです。

 次にこれからの生活について。まずは、障害者年金を受けることについて。今まで社会的問題が表面に
出ていなかったので、ケースワーカー (ソーシャルワーカー)がいなかったのですが、担当のケース
ワーカーをつけてもらいました。病気と仕事のバランスとか、悩み事の相談、諸々の手続きとかでお世話に
なる方です。担当は、前にデイケアに通っていた時のスタッフで、親しみやすい人です。ソーシャル
ワーカーは、大学院まで進まないと資格が取れない厳しい状況で、学識を広めて来た専門家です。

 そして住む場所ですが、丁度病院が新しく患者が暮らすためにマンションを建てたばかりで、そこに
住むのも一つの選択肢だと言われました。
話を聞いて是非にと思いました。場所は板橋区赤塚四丁目で、成増駅からは、歩くと15分位の場所です。
ここに入居するには、スタッフの会議で認定されなくてはならず、入居が決定するまで、しばらく日数が
必要なのですが、まずは大丈夫そう。住む場所は大きな問題なので、これが 前進すれば自分の悩みも
半減位になるでしょう。

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Posted by 悠太郎 at 01:08Comments(2)TrackBack(0)日常生活

2008年08月03日

横浜山手散策

今日は、スクーターのクレールさんで、横浜山手方面へ行きました。
下の通りに、一時預かり自転車・バイク(125cc以上はダメ)駐輪場がありました。
駐輪料を払おうと事務室を覗きこみましたが誰もいませんでした。

 昨日の晩に、俄か勉強をしただけで、どうなることやら。。。
とりあえずは、フランス山から港の見える丘公園へ。結構上ります。
もうそろそろ港の見える丘公園というところで、持ち物チェックしたら、
鍵が無い。。。しまうはずもないデイパックの中まで調べて、無い。。。
 冷静になって、とりあえず歩いてきたところを逆に進み、下を見なが ら小走り。
もしかしたら、クレールさんに差しっぱなしかも、したら盗まれているかもなんて思いながら駐輪場へ。
メットインのところにぶら下がっていました。あって良かった。少なくとも30分は経っていたので
ありがたいです。

 港の見える丘公園から港を見ると、昔は綺麗だっただろうなぁと思いました。ベイブリッジが邪魔だし、
他の建物も多すぎる。園内には、大仏次郎記念館や神奈川近代文学館、イギリス館、山手111番館
などがあり、いつかゆっくり来たいものだと思いました(今日は13時半自宅発だったので)。

 そして、山手本通りへ、洋館巡り。まずはゲーテ座、ここは今、岩崎ミュージアムとして、アール
ヌーボー、アールデコ期の装飾、アート関連の総合的なミュージアムになっているとか。昔は商業
劇場で、客は外国人がほとんどだったらしい。瀟洒な建物が並びます。レストランとなっている山手
十番館、山手資料館(道をそれると「ブリキのおもちゃ博物館」や「ヨコハマ猫の美術館」があるらしい。
山手資料館の前は、外国人墓地が拡がっています。

 続いて昭和初期に外国人向けのアパートとして建てられた山手234番館 があり、ここらあたりから元町
公園となっています。まずは、エリスマン邸。白くすっきりとした建物で他の洋館とは異なった趣があります。
これは、「日本近代建築の父」と呼ばれるレーモンドの設計で、大正末期のスイス人貿易商の私邸です。
そして、べーリックホールに辿り着きました。中でバイオリンを弾く女性が。。。中に入りました。ラフ&レ
ディーワークという男子のピアニストと女子のバイオロニストのユニットです。一時間の予定のコンサートに
30分遅れて入った模様です。そして残りの30分を楽しみました。ここで既に17:30です。
帰路に着きました。本当はもっと奥のイタリア山庭園にも行きたかったのですが。。。
またの機会に。

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Posted by 悠太郎 at 23:24Comments(8)TrackBack(0)小旅行